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小話 ~なぜ弁護士は字が汚いのか~

目次
  • 1.人生で一度だけ字が綺麗だと褒められた

  • 2.弁護士は字が汚い

  • 3.悪いのは試験制度である

  • 4.おわりに

  • 1.人生で一度だけ字が綺麗だと褒められた

  • 筆者が独立したばかりのころ、複数の会社から判例検索サービスの営業を受けました。おそらく弁護士人生を共にする長期契約となるので、トライアルアカウントを集めて機能を比較し、相見積もりを取って、値切りに値切った上で採用を決めました。いよいよ契約締結となり、営業の方の指示に従いながら申込書を書いていた際に、筆者の字は綺麗だと褒められました。

    自慢ではありませんが、筆者は字を残念がられたことはあっても、綺麗だと褒められたことはこのときまで一度もありませんでしたし、その後もありません。かちんときた筆者は、即座に、字が汚くて申し訳ないと謝罪しました。すると、営業の方は、そんな嫌味は言いません、特徴的な字を書く弁護士が多い中で、筆者の字はきちんと読めるから感心しました、と言ってくれました。

  • 2.弁護士は字が汚い

  • 実は、この小話を書こうと思ったのは、元法律事務職員のコラム―法律事務所の事務職員の仕事の歴史と変遷-事務職員(元法律事務職員のコラム―法律事務所の事務職員の仕事の歴史と変遷- 事務職員)の中に、昭和の初めは、「弁護士の悪筆を正しく読み取ることができるスキルが不可欠であった」という一文を見かけたからです。

    現代社会において他人の手書きの字を見る機会はほとんどなく、筆者も、弁護士会での出席確認用署名簿か、事件を共同受任する際にしか、他の弁護士の字を見ることがありません。そこには、意思の伝達ツールとしての用に適さない、記号のようななにかが書かれていることがよくあります。

    共同受任の際には他の弁護士が手書きしたメモは読めないことは当たり前で、自分が書いたメモすら読めないことも珍しくありません。弁護士の中では字が綺麗である筆者も例外ではなく、依頼者との打ち合わせメモはノートPCで取るので問題ないのですが、法廷で取ったメモが読めずに焦るときがあります。法廷にいる時間は一瞬なので、ノートPCを開かないことが多いのです。

    それでも、筆者は、字が汚いのは筆者と比較的近い世代の弁護士だけだと思っていました。きっと大先輩は言葉のままの意味での達筆が多かったのだろうと幻想を抱いてきました。しかし、先に示したコラムを読むと、年代に関わらず弁護士の字は汚いようです。これは由々しき問題です。

  • 3.悪いのは試験制度である

  • 筆者なりに弁護士の字が汚い問題を深刻に受け止め、原因を考えた結果、試験制度に思い至りました。

    司法試験では、限られた試験時間の中で答案を手書きする必要があります。受験生は、1科目2時間(選択科目のみ3時間)の試験時間内に、答案構成と呼ばれる問題文を読んで答案に何を書くべきか検討する作業と、答案用紙への筆記作業を行います。

    答案構成はとても重要です。何を書くか決めていないのに答案を書こうとしても、途中で筆が止まるか、自分でも何を書いているのかわからないカオスが生まれるか、いずれにせよ、ろくな目に遭わないからです。そのため、じっくりと答案構成を行いたいところですが、その後の筆記作業を考えると、時間制限が出てきます。

    司法試験では、平均6頁程度の答案を書くことになります。受験生によって字の大きい小さいはありますが、答案用紙には罫線が引かれているので、1頁に書く文字数に極端なばらつきはありません。そして、ほとんどの受験生が1頁を清書するのに要する時間は15分程度です。答案を清書するならば筆記作業にかかる時間は1時間30分と見込まれ、答案構成を30分以内に行うべきことになります。これはかなり窮屈です。

    そこで、受験生は、少しでも筆記速度を高めるべく訓練に励みます。必死に走り書きを覚え、色々なペンを試して自分が一番速く書けるものを選びます。頁毎の筆記時間を14分に短縮できれば答案構成は36分、13分ならば42分、12分ならば48分、11分ともなれば7頁の答案を書いても答案構成に43分を割ける計算です。充実した答案構成と充実した文字数、夢が広がっていきます。

    司法修習の最終試験である司法修習生考試(二回試験)でも手書きでの答案作成が求められます。1科目7時間30分(うち1時間は昼食休憩という名目です。)の長丁場で、答案構成の後に30頁程度の答案を書くことになります。清書するならば筆記作業に要する時間は7時間30分、試験時間ぴったりです。やったね。

    手書きの試験制度が続く限り、弁護士の卵たちは、答案構成のための時間を捻出するために、いかに早く字を書くかのスピード訓練を強いられます。その中では、読めることよりも書くことが重要となり、他者に意思を伝達するという目的は後退を強いられます。

    出題者も受験生も悪ければ、採点者も悪いのです。司法試験の合格発表後しばらくすると、司法試験の答案を採点した考査委員による採点実感が公開されます。ここでは、毎年毎年、受験生の字が汚い、読めない字ならば不合格にする、という趣旨の警告がなされています。筆者もものすごい字の答案を書いてしまった自覚があるので、考査委員を務めた経験がある先輩弁護士に、なぜ答案の字が読めるのか尋ねました。すると、受験生が人生をかけて作成した答案なのだから頑張って読む、読むしかないから読む、という力強い答えが返ってきました。なぜ読めるのかという謎は解けませんでしたが、その優しさが、字が汚い弁護士を産みだしているので、感謝しかありません。

  • 4.おわりに

  • 色々と考えた結果、我々弁護士が悪いわけではなく、試験制度が悪いことがわかりました。急いで書いた字が汚いことと急いでいないときの字が汚いことには関連性がないという反論も予想されますが、スピードの向こう側に辿り着いた後遺症で、もはや通常の筆記速度に戻れないのです。字が汚い弁護士を見かけたら、過酷な戦場で傷ついた可哀そうな人なのだと、生暖かい目で見守ってください。

  • 記事提供ライター

  • 弁護士
    大学院で経営学を専攻した後、法科大学院を経て司法試験合格。勤務弁護士、国会議員秘書、インハウスを経て、現在は東京都内で独立開業。一般民事、刑事、労働から知財、M&Aまで幅広い事件の取り扱い経験がある。弁護士会の多重会務者でもある。

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